「仕事があるから行くけど、また空き時間に来るからね、芽衣子」すっと立ち上がったリュウジ。「もう。いいよ」ポツリとつぶやとリュウジは無表情で見つめてきた。「なにが?」「来なくていい。リュウジが来ると目立つし週刊誌に撮られるよ」「もう、撮られたけど。近いうちに載るんじゃない」なぜに、そんなに堂々としているのだろう。「何か食べたいものあれば持ってくるから、メール届くようにしてね」「リュウジ」「ん?」「結婚したいって言ってごめんね」「……謝るようなことじゃないよ」「幸せになってね」「いろいろ言い返したいところだけど、時間がないから行くから。俺は芽衣子と別れたつもりはないからね。じゃあ、行ってくるね」リュウジは、部屋を出て行った。きょとんとする私。今の話の流れからすると……付き合ってるみたいな口ぶりだ。面倒をみてくれたし、優しいけれど。宝石店で女性といるところも目撃したのだから、流されてはいけない。リュウジは優しいから私を放っておけないのだ。ナースが入ってきた。「ご気分はいかがですか?」「かなりいです」体温計を渡される。脈拍を調べて点滴チェックをしてくれた。「顔色もいいですね」「ありがとうございます……」にっこり微笑んでくれるナースの笑顔に安心して、癒される私。そこにドクターが入ってくる。かなりイケメンで若いのに胸には副医院長と書かれていた。「おはようございます。主治医の高瀬です」「……おはようございます」「昨晩はかなり高熱だったため入院していただきました」そのタイミングで体温計が鳴った。熱は平熱に下がっていた。「食事はできそうですか?」「はい」「それであれば、明日に退院しても問題ないので、今日一日は安静にしていてください」「わかりました」ニヤリと笑い出すイメケンドクターさん。「な、なんでしょうか?」「ずっと心配して付き添っていましたよ。素敵な彼氏さんですね」「はい?」
「COLORの……黒柳さんですよね」「……いえ、私は彼の事務所の人間でして……そういう関係ではありません」イケメンなのにずかずかと聞いてくるドクターさん。変な人。「お大事に。何かあれば遠慮なく言ってくださいね」出て行ったドクターとナース。私は頭を抱えたい気分になる。何もやることがないと色んなことを考えてしまうのだ。――もう、撮られたけど。近いうちに載るんじゃないリュウジの言葉を思い出す。どうしよう。大事な我が社のアーティストにスキャンダルを作らせてしまうなんて。リュウジの人気がガタ落ちになったら……。せっかく決まった大きな仕事が駄目になって、会社にすごい損害賠償を払うことになるかもしれない。ああ、恐ろしい。どうしたらいいのだろうか。真剣に、不安になる。誰かに相談したいけど……心を開いて言えるような人はいない。困ったなと思っているとドアが開いた。入ってきたのはお母さんだった。「芽衣子、大丈夫なの?」「うん」誰から聞いたのだろう。お母さんは私の顔を見て安心しているようだった。「あんたね、付き合ってるなら言えばいいのに」「誰と?」「黒柳さんと」サーっと血の気が引いていく。もう、ワイドショーで流れてしまったのだろうか。「どうしてそれを知ってるの?」「だって電話くれたの黒柳さんよ。挨拶遅れてごめんなさいって」「え……」リュウジは一体……何を考えているのだろう。親に連絡して挨拶するなんて、どういう気持ちなのかな。期待してもいいのかな……。リュウジ。早く会って話がしたい。話ってなんなのよ。
リュウジside芽衣子を病院へタクシーで連れて行き、朝になると社長から電話が鳴った。人が少ない階段で電話を折り返す。『リュウジ。朝一で会社来なさい』「……えっと。なにかやらかしましたか?」『自分が一番わかってるでしょ? 目立つ行動をして』「…………はぁ。了解です」電話を切って壁に背をつけた。撮られちゃったかな。病室に行くと、芽衣子は体調がだいぶよくなったようで、安心した。見届けてから事務所に直行する。マネージャーが事務所で待っていた。「おはよー」「呑気すぎますよ……。撮られましたよ。どうしましょう」「べつに……焦ることないでしょ?」クスッと笑った俺の態度がイラついたのかマネージャーは、眉毛をピクピク動かし鼻息を荒くした。社長室に行く。午後からの仕事だから時間はたっぷりある。ノックして入ると大澤社長が「座りなさい」と言った。二人きりの社長室には嫌な空気が流れている。座るとテーブルに置かれたのは数枚の写真だった。俺と芽衣子がタクシーに乗り込んでいるところと、病院に到着したところだ。「明後日発売のものに載せるそうよ。これは、リュウジで間違いないわね」「……間違いないですねぇ」「一緒にいる女性は誰?」何年も誰にも言ってなかったから少し抵抗がある。ドキドキしながら名前を告げた。「……芽衣子」「芽衣子って、芽衣子?」こくりと頷いた俺。社長は意外そうな顔をしていた。「いつから?」「五年前から」「ずいぶんと黙ってたのね。芽衣子とはどうするつもりなの?」「大樹の結婚が落ち着いたら俺もって思ってるけど……芽衣子次第かな」「ちゃんと報告しなさいって言ったでしょ?」「……すみません」
「大人なんだから恋愛は自由だけど、対処方法……作戦を練る必要があるのよ」大澤社長は眉間に皺を寄せながら言う長。言っていることが正論すぎて何も言い返せなくなった。黙り込んだ俺に社長は深い溜息をついた。「大樹は十一月三日に入籍。リュウジはどうしたい?」どうしたいと聞かれても芽衣子は俺を許してくれるかわからない。合コン男ともうすでにいい関係かもしれないし。爪を噛む。困ってしまうとついついやってしまう癖なのだ。はっとして、手を膝に置いた。「まだ……プロポーズをしてないし。ちょっと喧嘩中で……芽衣子はどう思っているかわからないけど」「あんたねぇ」「……来年。来年……結婚したい」「そう」実をいうと結婚なんてまだまだ先のことだと思っていた。一番、実感が湧いていないのは俺だ。――来なくていい。リュウジが来ると目立つし週刊誌に撮られるよ。病院からの帰り間際、そんなことを言われてしまった。俺は、芽衣子にとって俺は迷惑な存在になりたくなかった。芸能界の仕事をしている俺と交際していることを知られるせいで、平凡な生活を壊したくなかった。冷やかされる芽衣子が可愛そうだと思ったから……。「大樹はライブで交際宣言したけど……リュウジはどうしようかしらね」「うん。しなくていいかな……べつに」「あんたね、人気商売なのよ。しっかりとしてよ」社長は俺の性格を知り尽くしているから、バンバンキツイことを言う。チョットしたことではへこたれない。腕を組んでいる社長を見つめる。「うん…………とりあえず、隠さない方向でいきたい。そして、目立つような会見とかはしたくないかな……」「仕方がない子ね。での、子供だったのに大人になったのね、リュウジも。まずは、しっかりと芽衣子さんと話し合いなさい」呆れながらだったけど、社長は認めてくれた。一つ条件が出され、雑誌に掲載された日に、俺はSNSでつぶやきで報告することになった。
芽衣子は回復が早く次の日には、退院した。変な病気じゃなくてよかったと心から思う。芽衣子に何かあったら、生きていけない。仕事を終えて芽衣子の家にウマそうなものを買い込んだ。急いで芽衣子のマンションに向かった。チャイムを鳴らすと、すぐにオートロックを解除してくれた。ドアをすり抜けてエレベーターに乗った。明日は雑誌に載るはず。芽衣子も社長から連絡をもらっているだろう。俺からもちゃんと説明しなければいけない。エレベーターが開き降りて芽衣子の部屋に向かう。変な緊張感が襲ってきた。話の流れからプロポーズをすることになるだろう。指輪も持ってきたし。部屋の前についてチャイムを押すとすぐにドアが開いた。「入って」「うん」すぐに中に入れてくれたことに安堵するが、芽衣子は落ち着かない様子だった。リビングへ行くと芽衣子はキッチンでお茶を準備してくれる。俺はお気に入りの定位置のソファーに座った。「体調大丈夫?」お茶を出してくれた芽衣子に問いかける。「うん、大丈夫……。それより」言いかけて、芽衣子は悲しそうな表情を見せた。「社長から電話……もらった。明日は会社休みなさいって言われたの」落胆の声で教えてくれる。雑誌に載ると会社も少し忙しくなるだろう。社長は気を使ってくれたに違いない。芽衣子は俺から距離をとってカーペットに座った。奇しくも今日は、俺と芽衣子の付き合い出した記念日だったりする。芽衣子は覚えているだろうか。「休んだらいいんじゃない? ゆっくりすれば?」「どうしてそんなに呑気なの? 私のせいでリュウジが仕事を失うかもしれないんだよ」今にも泣きそうな顔で訴えかけてくるが、俺は薄っすらと微笑んだ。多少のイメージダウンは覚悟できている。「あ、芽衣子。美味しいものいっぱい買ってきたから食べようよ」「リュウジ。今は大事な時でしょ? 大きな仕事も決まったのに……SNSで報告って……ファンは納得してくれるの?」「うん」「そもそも、私とリュウジはもう終わったでしょ?」不安そうな声で探ってくる芽衣子。芽衣子は今でも俺のことが好きだろうか。ソファーの背もたれに体重を預けて芽衣子を見つめる。「芽衣子は俺のこと……好き?」「……えっ」隙を突かれたような表情をして、目をパチパチとさせている。何度もする瞬き。芽衣子の気持ちが知りたい。「芽衣
「それ、妹」「リュウジ、妹なんていたの? 家族構成もわからないし……」「俺と母と妹。父親は病気で小さい頃死んじゃって。金持ちになりたくて芸能界に入ったんだよね……」「そうだったんだ。大澤社長は猫みたいなリュウジを拾ったと言っていたけど」「なんだそれ」ふわりと笑って話の続きをする。「売れはじめた時にメンバーの大樹がタイミング悪く子供を作ってしまって。大樹には申し訳ないけど、阻止したんだ。大樹には、悪かったと思ってる。だから、祝福したいって思ったんだ。相手は美羽ちゃんね」「そうだったの……」芽衣子は困ったような表情をする。「それじゃあ、雑誌に載るなんて余計に大変なことだよね」立ち上がった芽衣子はマッサージチェアーに座って頭を抱える。たしかに、あまりいいことではないけど、さほど影響はないと思う。俺は気にしてないし。大樹みたいに女性ファンが多いわけじゃないから。どちらかと言うと、ファンは俺を友達みたいな感覚でいてくれている。握手会で俺の前に並ぶのはメンズばかりなのだ。なぜなのかはよくわからない。「芽衣子」「なによ」俺はそれよりも何よりも、これからプロポーズするのだ。おかしなテンションになってきている。手に汗をかいてきた。もう、はっきりさせないと。「あのさ、これ」ズボンのポケットから小さな箱を取り出す。そして、テーブルに置いた。「これ……もらってほしいんだけど」「なに?」「あのさ、俺いろいろ考えたんだ。俺……芽衣子がいなきゃ生きていけない」元々大きめの目を更に開いて驚いている表情を見せた。「芽衣子。結婚してください」「えっ」指輪の入った箱を開けようとしないから、俺が開けて指輪を指で摘んだ。震えるが立ち上がった俺はマッサージチェアーに座る芽衣子に近づいた。「左手の薬指に入れていいかな」「ま、待って」焦っている芽衣子。マッサージチェアーから立ち上がった。「結婚したいとか言うから焦らせちゃったんだよね。いいんだよ」悲しそうな顔をして受け取ろうとしてくれない。これってプロポーズ失敗ということ?今まで俺が不安にさせてきた代償なのかもしれない。「リュウジなりに考えてくれたのかもしれないけど、もういいの。リュウジみたいなすごい人と五年も過ごせた私は、幸せものだったから」「……俺と結婚したくないの?」「それは
芽衣子sideこんなにも真剣な表情のリュウジをはじめて見たかもしれない。――俺は、芽衣子を好きになってから一度も気持ちが変わったことがなかった。美羽さんが教えてくれた果物言葉を思い出す。――変わらぬ愛情・優しい心ですって。これ、結構当たるんですよ!もしかしたら、私がリュウジの愛を知ろうとしなかったのかもしれない。リュウジは、私なんかをずっと前から本気で愛してくれていたのかもしれない。「リュウジ……」言葉が続かなくて込み上げてくる。私は、リュウジが好き。何を考えているのか、わからないこともあるけど、すごく優しくて繊細な人なのだ。涙がポロッと零れ落ちてくる。「リュウジ、結婚しよう」「芽衣子……」リュウジは私の手をすっと取って、左手の薬指に指輪をはめてくれた。ピッタリサイズでダイヤモンドがキラキラと輝いている。私とリュウジは微笑み合うとキスをした。抱きしめ合ってお互いの体温を確かめ合う。一番しっくりくる。色んな試練があるかもしれないけど、私のパートナーはリュウジしかいない。「入籍は大樹が先だから来年になるかもしれないけど、堂々と交際宣言したいと思う」「わかった。ありがとう」額をくっつけ合う。そのまま二人でベッドルームに向かった。リュウジに組み敷かれる。久しぶりでドキドキしてしまう。まだ病み上がりだけど、いいよね。目をそっと閉じると唇が重なり合う。お互いの柔らかい唇の感触を確かめ合い舌を絡ませる。体がだんだん熱くなってきた。もっといっぱい、リュウジは触ってほしいと思っていたら、動きを止めた。「……病み上がりだもんね。もう少し我慢する」名残惜しそうに頭を撫でて起き上がった。「芽衣子のこと大事だし」はにかんで言われると、可愛すぎるんですけど!
その後、リュウジが買ってきてくれた料理を二人で堪能した。リュウジは泊まると言ってくつろいでいる。「あ、合鍵返してね」まるで自分のもののような言い方に笑えてきた。これからも一生、マイペースな彼と過ごしていくのだと思ったら胸が熱くなる。ベッドルームの引き出しにしまっておいた合鍵を持ってきてリュウジに渡した。「はい」「ありがとう。俺、めちゃくちゃ凹んだよ。もう、離れないでね」手をつかんで見つめてくる。私は深くうなずいた。「早く一緒に住みたいな……。芽衣子のご両親にも挨拶しないとね」「リュウジの家族にもね」リュウジの隣に座って肩を寄せ合う。「俺の家族は芽衣子のこと、大歓迎だよ。絶対に」「緊張するけど乗り越えて行かなきゃね」次の日は、朝からワイドショーでリュウジのことが流れていた。リュウジはSNSで何をつぶやいたかチェックする。『好きな人とずっと一緒にいたいので、応援よろしくね』だけだった。軽すぎる。でも、ファンはかなり返信をしてくれていた。『応援するよー』とか『スキャンダルが無かったリュウジさんの初スキャンダルおめでとう』とか。皆さん祝福してくれているのだと思うと心が温かくなった。その夜はさすがに騒ぎになるので会いには来なかったけど、電話はくれた。声を聞くだけで安心する。『二、三日すれば収まるさ』「うん」『俺はファンたちのことを信じてるんだ』そして、最後には『好きだよ、芽衣子』と言ってくれた。
「俺たちはさ、自分のやりたい道を見つけて、それぞれ進んでいけるかもしれないけど、今まで応援してくれた人たちはどんな気持ちになると思う?」どうしてもそこだけは避けてはいけない道のような気がして、俺は素直に自分の言葉を口にした。光の差してきた事務所にまた重い空気が流れていく。でも大事なことなので言わなければならない。苦しいけれど、ここは乗り越えて行かなければいけない壁なのだ。.「悲しむに決まってるよ。いつも俺たちの衣装を真似して作ってきてくれるファンとか、丁寧にレポートを書いて送ってくれる人とか。そういう人たちに支えられてきたんだよね」黒柳が切なそうな声で言った。でもその声の中には感謝の気持ちも感じられる。デビューしてから今日までの楽しかったことや嬉しかったこと辛かったことや苦しかったことを思い出す。毎日必死で生きてきたのであっという間に時が流れたような気がした。「感謝の気持を込めて……盛大に解散ライブをやるしかないんじゃないか?」赤坂が告げると、そこにいる全員が同じ気持ちになったようだった。部屋の空気が引き締まったように思える。「本当は全国各地回って挨拶をさせてあげたいんだけど、今あなたたちはなるべく早く解散を望んでいるわよね。それなら大きな会場でやるしかない。会場に来れない人たちのためには配信もしてあげるべきね」「そうだね」社長が言うと黒柳は返事してぼんやりと宙に視線を送る。いろんなことを想像している時、彼はこういう表情を浮かべるのだ。「今までの集大成を見せようぜ」「おう」赤坂が言い俺が返事をした。黒柳もうなずいている。「じゃあ……十二月三十一日を持って解散する方向で進んでいきましょう。まずはファンクラブに向けて今月中にメッセージをして、会場を抑えてライブの予告もする。その後にメディアにお知らせをする。おそらくオファーがたくさん来ると思うからなるべくスケジュールを合わせて、今までの感謝の気持ちで出演してきましょう」社長がテキパキと口にするが、きっと彼女の心の中にもいろんな感情が渦巻いているに違いない。育ての親としてたちを見送るような気持ちだろう。それから俺たちは解散ライブに向けてどんなことをするべきか、前向きに話し合いが行われた。
「じゃあ、まず成人」 赤坂は、名前を呼ばれると一瞬考え込んだような表情をしたが、すぐに口を開いた。 「……俺は、作詞作曲……やりたい」 「そう。いいわね。元COLORプロデュースのアイドルなんて作ったら世の中の人が喜んでくれるかもしれないわ」 社長は優しい顔をして聞いていた。 「リュウジは?」 社長に言われてぼんやりと天井を見上げた。しばらく逡巡してからのんびりとした口調で言う。 「まだ具体的にイメージできてないけど、テレビで話をするとか好きだからそういう仕そういう仕事ができたら」 「いいじゃないかしら」 最後に全員の視線がこちらを向いた。 「大は?」 みんなの話を聞いて俺にできることは何なんだろうと考えていた。音楽も好きだけど興味があることといえば演技の世界だ。 「俳優……かな」 「今のあなたにピッタリね。新しい仕事も決まったと聞いたわよ」 「どんな仕事?」 赤坂が興味ある気に質問してきた。 「映画監督兼俳優の仕事。しかも、新人の俳優を起用するようで、面接もやってほしいと言われたみたいなのよ」 社長が質問に答えると、赤坂は感心したように頷く。 「たしかに、いいと思うな。ぴったりな仕事だ」 「あなたたちも将来が見えてきたわね。私としては事務所に引き続き残ってもらって一緒に仕事をしたいと思っているわ」 これからの自分たちのことを社長は真剣に考えてくれていると伝わってきた。 ずっと過去から彼女は俺らのことを思ってくれている。 芸能生活を長く続けてやっと感謝することができたのだ。 今こうして仕事を続けていなかったら俺は愛する人を守れなかったかもしれない。でも美羽には過去に嫌な思いをさせてしまった。紆余曲折あったけれどこれからの未来は幸せいっぱいに過ごしていきたいと決意している。 でも俺たちが解散してしまったらファンはどんな思いをするのだろう。そこの部分が引っかかって前向きに決断できないのだ。
それは覚悟していたことだけど、実際に言葉にされると本当にいいのかと迷ってしまう。たとえ俺たちが全員結婚してしまったとしても、音楽やパフォーマンスを楽しみにしてくれているファンもいるのではないか。解散してしまうと『これからも永遠に応援する』と言ってくれていた人たちのことを裏切るのではないかと胸の中にモヤモヤしたものが溜まってきた。「……そうかもしれないな。いずれ十分なパフォーマンスもできなくなってくるだろうし、それなら花があるうちに解散というのも一つの道かもしれない」赤坂が冷静な口調で言った。俺の意見を聞きたそうに全員の視線が注がれる。「俺たちが結婚してもパフォーマンスを楽しみにしてくれている人がいるんじゃないかって……裏切るような気持ちになった。でも今赤坂の話を聞いて、十分なパフォーマンスがいずれはできなくなるとも思って……」会議室がまた静まり返った。こんなにも重たい空気になってしまうなんて、辛い。まるでお葬式みたいだ。 解散の話になると無言が流れるだろうとは覚悟していたが、予想以上に嫌な空気だった。芸能人は夢を与える仕事だ。 十分なパフォーマンスができているうちに解散したほうが 記憶にいい状態のまま残っているかもしれない。 「解散してもみんなにはうちの事務所に行ってほしいって思うのは私の思いよ。できれば、これからも一緒に仕事をしていきたい。これからの時代を作る後輩たちも入ってくると思うけど育成を一緒に手伝ってほしいとも思ってるわ」社長の思いに胸が打たれた。「解散するとして、あなたたちは何をしたいのか? ビジョンは見える?」質問されて全員頭をひねらせていた。
そして、その夜。仕事が終わって夜になり、COLORは事務所に集められた。大澤社長と各マネージャーも参加している。「今日みんなに集まってもらったのは、これからのあなたたちの未来について話し合おうかと思って」社長が口を開くと部屋の空気が重たくなっていった。「大樹が結婚して事務所にはいろんな意見の連絡が来たわ。もちろん祝福してくれる人もたくさんいたけれど、一部のファンは大きな怒りを抱えている。アイドルというのはそういう仕事なの」黒柳は壁側に座ってぼんやりと窓を見ている。一応は話を聞いていなさそうにも見えるが彼はこういう性格なのだ。赤坂はいつになく余裕のない表情をしていた。「成人もリュウジも好きな人ができて結婚したいって私に伝えてきたの。だからねそろそろあなたたちの将来を真剣に話し合わなければならないと思って今日は集まってもらったわ」マネージャーたちは、黙って聞いている。俺が結婚も認めてもらったということは、いつかはグループの将来を真剣に考えなければならない時が来るとは覚悟していた。時の流れは早いもので、気がつけば今日のような日がやってきていたのだ。 「今までは結婚を反対して禁止していたけれど、もうそうもいかないわよね。あなたたちは十分大人になった」事務所として大澤社長は理解があるほうだと思う。過去に俺の交際を大反対したのはまだまだ子供だったからだろう。どの道を進んでいけばいいのか。考えるけれど考えがまとまらなかった。しばらく俺たちは無言のままその場にいた。時計の針の音だけが静かに部屋の中に響いていた。「俺は解散するしかないと思ってる……」黒柳がぽつりと言った。
今日は、COLORとしての仕事ではなく、それぞれの現場で仕事をする日だ。 その車の中で池村マネージャーが俺に話しかけてきた。「実は映画監督をしてみないかって依頼があるのですが、どうですか? 興味はありますか?」今までに引き受けたことのない新しい仕事だった。「え? 俺にそんなオファーが来てるの?」驚いて 思わず 変な声が出てしまう。演技は数年前から少しずつ始めてい、てミュージカルに参加させてもらったことをきっかけに演技の仕事も楽しいと思うようになっていたのだ。まさか 映画監督のオファーをもらえるとは想像もしていなかった。「はい。プロモーションビデオの表情がすごくよかったと高く評価してくれたようですよ。ミュージカルも見てこの人には才能があると思ったと言ってくれました。ぜひ、お願いしたいとのことなんです。監督もしながら俳優もやるっていう感じで、かなり大変だと思うんですが……。内容は学園もので青春ミステリーみたいな感じなんですって。新人俳優のオーディションもやるそうで、そこにも審査員として参加してほしいと言われていますよ」タブレットで資料を見せられた。企画書に目を通すと難しそうだけど新たなのチャレンジをしてみたりと心が動かされたのだ。「やってみたい」「では早速仕事を受けておきます」池村マネージャーは早速メールで返事を書いているようだ。新しいことにチャレンジできるということはとてもありがたい。芸能関係の仕事をしていて次から次とやることを与えてもらえるのは当たり前じゃない。心から感謝したいと思った。
大樹side愛する人との平凡な毎日は、あまりにも最高すぎて、夢ではないかと思ってしまう。先日は、美羽との結婚パーティーをやっと開くことができた。美羽のウエディングドレス姿を見た時、本物の天使かと思った。美しくて柔らかい雰囲気で世界一美しい自分の妻だった。同時にこれからも彼女のことを命をかけて守っていかなければならないと感じている。紆余曲折あった俺たちだが、こうして幸せな日々を過ごせるのは心から感謝しなければならない。当たり前じゃないのだから。お腹にいる子供も順調に育っている。六月には生まれてくる予定だ。昨晩は性別もわかり、いよいよ父親になるのだなと覚悟が決まってきた気がする。女の子だった。はなの妹がこの世の中に誕生してくるのだ。子供の誕生は嬉しいが、どうしても生まれてくることができなかったはなへは、申し訳ない気持ちになる。母子共に健康で無事に生まれてくるように『はな』に手を合わせて祈った。手を合わせて振り返ると隣で一緒に手を合わせていた美羽と目が合う。「今日も忙しいの?」「うん。ちょっと遅くなってしまうかもしれないから無理しないで眠っていていいから」美羽は少し寂しそうな表情を浮かべた。「大くんに会いたいから起きていたいけど、お腹の子供に無理をかけたくないから、もしかしたら寝ているかもしれない」「あぁ。大事にして」俺は美羽のお腹を優しく撫でた。「じゃあ行ってくるから」「行ってらっしゃい」玄関先で甘いキスをした。結婚して妊娠しているというのにキスをするたびに彼女はいまだに恥ずかしそうな表情を浮かべるのだ。いつまでピュアなままなのだろうか。そんな美羽を愛おしく思って仕事に行きたくなくなってしまうが、彼女と子供のためにも一生懸命働いてこよう。「今度こそ行ってくるね」「気をつけて」外に出てマンションに行くと、迎えの車が来ていた。
少し眠くなってきたところで、玄関のドアが開く音が聞こえた。立ち上がって迎えに行こうとするがお腹が大きくなってきているので、動きがゆっくりだ。よいしょ、よいしょと歩いていると、ドアが開く。大くんがドアの前で待機していた私は見てすごくうれしそうにピカピカの笑顔を向けてきた。 そして近づいてきて私のことを抱きしめた。「美羽、ただいま。先に寝ていてもよかったんだよ」「ううん。大くんに会いたかったの」素直に気持ちを伝えると頭を撫でてくれた。私のことを優しく抱きしめてくれる。そして、お供えコーナーで手を合わせてから、私は台所に行った。「夕食、食べる?」「あまり食欲ないんだ。作ってくれたのなら朝に食べようかな」やはり夜遅くなると体重に気をつけているようであまり食べない。この時間にケーキを出すのはどうかと思ったけれど、早く伝えたくて出すことにした。「あ、あのね……これ」冷蔵庫からケーキを出す。「ケーキ作ったの?」「うん……。赤ちゃんの性別がわかったから……」こんな夜中にやることじゃないかもしれないけど、これから生まれてくる子供のための思い出を作りたくてついつい作ってしまったのだ。迷惑だと思われてないか心配だったけど、大くんの顔を見るとにっこりと笑ってくれている。「そっか。ありがとう」嫌な表情を全くしないので安心した。ケーキをテーブルに置くと私は説明を始める。ケーキの上にパイナップルとイチゴを盛り付けてあった。「この中にフルーツが入ってるの。ケーキを切って中がパイナップルだったら男の子。イチゴだったら女の子。切ってみて」ナイフを手渡す。「わかった。ドキドキするね」そう言って彼はおそるおそる入刀する。すると中から出てきたのは……「イチゴだ!」「うん!」お腹の中にいる赤ちゃんの性別は女の子だったのだ。「楽しみだね。きっと可愛い子供が生まれてくるんだろうな」真夜中だというのに今日は特別だと言ってケーキを食べる。私と彼はこれから生まれてくる赤ちゃんの話でかなり盛り上がった。その後、ソファーに並んで座り、大きくなってきたお腹を撫でてくれる。「大きくなってきた」「うん!」「元気に生まれてくるんだぞ」優しい声でお腹に話しかけていた。その横顔を見るだけで私は幸せな気持ちになる。はなを妊娠した時、こんな幸福な時間がやってくると
美羽side結婚パーティーを無事に終えることができ、私は心から安心していた。 私と大くんが夫婦になったということをたくさんの人が祝ってくれたのが、嬉しくて ありがたくてたまらなかった。 しかし私が大くんと結婚したことで、傷ついてしまったファンがいるのも事実だ。 アイドルとしては、芸能生活を続けていくのはかなり厳しいだろう。 覚悟はしていたのに本当に私がそばにいていいのかと悩んでしまう時もある。 そんな時は大きくなってきたお腹を撫でて、私と大くんが選んだ道は間違っていないと思うようにしていた。自分で自分を肯定しなければ気持ちがおかしくなってしまいそうになる。 あまり落ち込まないようにしよう。 大くんは、仕事が立て込んでいて帰ってくるのが遅いみたい。 食事は、軽めのものを用意しておいた。 入浴も終えてソファーで休んでいたが時計は二十三時。 いつも帰りが遅いので平気。 私と大くんは再会するまでの間、会えていない期間があった。 これに比べると今は必ず帰ってくるので、幸せな状況だと感で胸がいっぱいだ。 今日は産婦人科に行ってきて赤ちゃんの性別がはっきりわかったので、伝えようと思っている。手作りのケーキを作ってフルーツの中身で伝えるというささやかなイベントをしようと思った。でも仕事で疲れているところにそんなことをしたら迷惑かな。 でも大事なことなので特別な時間にしたい。
「そんな簡単な問題じゃないと思う。もっと冷静になって考えなさい」強い口調で言われたので思わず大澤社長を睨んでしまう。すると大澤社長は呆れたように大きなため息をついた。「あなたの気の強さはわかるけど、落ち着いて考えないといけないのよ。大人なんだからね」「ああ、わかってる」「芸能人だから考えがずれているって思われたら、困るでしょう」本当に困った子というような感じでアルコールを流し込んでいる。社長にとっては俺たちはずっと子供のような存在なのかもしれない。大事に思ってくれているからこそ厳しい言葉をかけてくれているのだろう。「……メンバーで話し合いをしたいと思う。その上でどうするか決めていきたい」大澤社長は俺の真剣な言葉を聞いてじっと瞳を見つめてくる。「わかったわ。メンバーで話し合いをするまでに自分がこれからどうしていきたいか、自分に何ができるのかを考えてきなさい」「……ありがとうございます」俺はペコッと頭を下げた。「解散するにしても、ファンの皆さんが納得する形にしなければいけないのよ。ファンのおかげであなたたちはご飯を食べてこられたのだから。感謝を忘れてはいけないの」大澤社長の言葉が身にしみていた。彼女の言う通りだ。ファンがいたからこそ俺たちは成長しこうして食べていくことができた。音楽を聞いてくれている人たちに元気を届けたいと思いながら過ごしていたけれど、逆に俺たちが勇気や希望をもらえたりしてありがたい存在だった。そのファンたちを怒らせてしまう結果になるかもしれない。それでも俺は自分の人生を愛する人と過ごしていきたいと考えた。俺達COLORは、変わる時なのかもしれない……。